特定商取引法及び特定商品預託法における書面交付義務の電子化に反対する会長声明
1 政府は、2021年(令和3年)3月5日、特定商取引に関する法律(以下「特商法」という。)及び特定商品等の預託等取引契約に関する法律(以下「預託法」という。)の改正案を閣議決定し、今国会中の成立を目指している。繰り返される悪質商法被害をなくすために必要な改正がほとんどと考えるが、書面交付義務について消費者が承諾した場合に電磁的方法による書面交付(以下「電子化」という。)を可能とする内容については、以下のとおり重大な問題がある。
2 そもそも特商法や預託法において厳格な書面交付義務を課したのは、消費者被害が生じやすい不意打ち的・攻撃的な取引類型について、消費者が取引内容を十分に理解しないまま契約させられてしまうおそれが高いことから、消費者に商品ないし役務の種類、数量、代金等契約の本質的内容を明確にさせ、責任を負う相手方である事業者に関する正確な情報を与えて、契約を締結するかどうかを判断することができるようにするとともに、契約締結後においては、契約内容を冷静に判断して契約からの無条件離脱(クーリングオフ)を選択できるようにし消費者保護を図るためである。書面に記載すべき事項は法定され、文字の大きさや色まで指定されており、その不備や書面不交付は刑事罰、行政処分をもって禁止されているのは、契約締結前及び締結後に消費者が上記情報を容易に確認できるようにする状態に置くことを求めていることを意味している。
ところが、電子化がなされた場合には、パソコンやスマホ等電子機器を有しない消費者や、有していても操作方法に不慣れな消費者にとっては、実質的に書面の内容を確認することができない。
また、多くの消費者が利用すると考えられるスマホの画面は小さく一覧性がないため、記載事項の確認は紙による場合に比べて著しく劣り、文字の大きさの指定は無意味となり、消費者に現実にその内容を認識させようとする法の趣旨を果たせない。
さらに、不意打ち的・攻撃的な取引類型のターゲットとなりやすい高齢者、障がい者、若年者等、脆弱な消費者においては、自らその書面を十分に理解することができず、家族やケースワーカー等の周辺者が家の中でその書面を見つけて被害回復に繋がる例が非常に多いところ、契約者のパソコンやスマホを開いて検索することは事実上困難であり、電子化はこれまで救済を受けられていた多くの事例について救済の道を閉ざすことになる。
3 この点、改正案では、電子化には消費者の同意を要件とすることで問題を回避しようとしているが、不意打ち的・攻撃的契約締結場面においては、十分に内容を検討する余地なく直感的に同意をしてしまいやすいのであり、この場面で同意により慎重な判断を確保できると考えるのは誤りである。ネット取引の場合に多くの消費者が同意欄にチェックをして思わぬ被害に遭う事案が多発していることでも分かるであろう。消費者の同意によって電子化を許すことは、書面交付義務を課した趣旨を没却すると言わざるを得ない。
4 また、例えば訪問販売のように対面販売の場合に、直接紙で渡した方が簡単で間違いなく書面交付の目的を達成でき、電子化をするメリットはほとんどないばかりか、有害ですらある。さらに、電気通信事業法や金融商品取引法等一定の分野においては電子化が可能とされているが、これらの分野においては事業者の登録制又は許認可制といった参入規制が採用されており、事業者に対する契約適正化の確保が図られているのに対し、特商法においては参入規制はなく悪質業者の参入が容易であり、現に多数の被害をもたらしている状況にある。このように、書面電子化の必要性、許容性は、取引類型毎に異なり、各類型毎にその可否を慎重に検討する必要がある。にもかかわらず、「デジタル社会の推進、オンライン取引の推進」という名の下に、様々な取引類型の特徴を十分に検討することなく一律に電子化をするのは、過去に社会問題となった消費者被害を繰り返す結果を招きかねず、かえってデジタル社会の推進に逆行することにもなりかねない。
5 以上のとおり、本改正案における特商法及び預託法における書面交付義務の電子化は、消費者保護に重大な悪影響を与えることが懸念されるものであり、当会は強く反対する。本法案については、書面交付義務の電子化部分を削除した上で成立させるべきである。
2021年(令和3年)3月23日
秋田弁護士会
会長 山 口 謙 治