特定商取引法に事前拒否者への勧誘を禁止する制度の導入を求める意見書

2015年7月29日 公開
2015(平成27)年7月29日

秋田弁護士会 会長 京野垂日

第1 意見の趣旨
 特定商取引に関する法律(以下「特定商取引法」という)に,電話勧誘販売及び訪問販売の取引類型について,事前拒否者への勧誘を禁止する制度(Do-Not-Call制度,Do-Not-Knock制度)を導入することを求める。

第2 意見の理由
1 はじめに(勧誘の規制の必要性)
 従来から,訪問や電話での勧誘に始まる不意打ち的な販売行為による消費者被害は後を絶たない状況にある。
 そもそも,消費者にとっては,望まない勧誘を受けること自体が迷惑である。近時の調査によれば,消費者の約96%が,訪問勧誘,電話勧誘を「全く受けたくない」と回答している(消費者庁平成27年5月「消費者の訪問勧誘・電話勧誘・FAX勧誘に関する意識調査」)。
  勧誘を望まない消費者が勧誘行為を受ける場合,消費者はその意に反して勧誘行為へ応接することを強いられるのである。勧誘を行う事業者の種別を問わず,事前拒否者への訪問または電話による勧誘行為は,私生活の平穏を本人の意に反して侵害する行為に他ならない。
 また,消費者基本計画(2015年3月24日閣議決定)においても,「勧誘を受けるかどうか…は消費者の自己決定権の下に位置付けられるものと考えられる。」とされており,事前に勧誘を受けることを拒否している消費者に対して勧誘を行うことは,かかる自己決定権への侵害にもなるのである。
 さらに,不意打ち的な勧誘は,不本意な契約や不当な契約の締結につながりやすく,悪質商法の温床となってきた。
 全国消費生活情報ネットワークシステム(PIO-NET)に登録された相談件数をみても,訪問販売全体では近年減少傾向にあるものの,家庭訪問販売や電話勧誘販売については増加傾向にある(内閣府消費者委員会特定商取引法専門調査会(第4回)における消費者庁からの配布資料「訪問販売・電話勧誘販売等の勧誘に関する問題についての検討」)。
 本意見書は,このような状況をふまえ,事前拒否者への勧誘を禁止する制度を導入すべきことを当会の意見として表明するものである。

2 現行法の不十分性
 現行の特定商取引法では,訪問販売及び電話勧誘販売において,契約を締結しない意思を表示した者に対する勧誘禁止の規定が置かれている(再勧誘の禁止,特定商取引法3条の2,17条)。
 しかし,現行の規定のもとでは,消費者が「勧誘お断りステッカー」を貼付するなどして,事前に包括的な勧誘拒絶の意思を表示していても,「契約を締結しない意思を表示」したことにはあたらないと解されている。そのため,事業者は,包括的な勧誘拒絶の表示をしている消費者に対しても,消費者が個別的な勧誘拒絶の意思をさらに表明しない限りは勧誘行為をすることができるとされている。
 そのため,消費者は,事業者による訪問や電話に応じた上で,さらに事業者に個別的に拒否の意思を伝えなければならない。
 そして,いったん事業者による勧誘が開始されてしまうと,事業者と消費者との情報の質,量及び交渉力の格差から交渉は一方的なものとなりがちであり,消費者がこれを拒絶することは必ずしも容易ではない。そのため,結果として消費者が不本意な契約や不当な契約を締結させられることも少なくない。
 特に,高齢者においては,事業者との格差がより顕著なものとなり,不本意な契約,不当な契約を締結してしまう危険性はいっそう強くなる。
 このように,現行法上の制度では,勧誘を望まない消費者に対する事業者の勧誘行為を完全に防ぐことができず(事業者は最低でも1回は接触して勧誘することができる),このことが,訪問販売・電話勧誘による消費者被害が後を絶たないという状況につながっている。

3 事前拒否者への勧誘を禁止する制度を導入すべきである
 これらの問題を解消するためには,勧誘を望まない消費者に対しては,事業者が不意打ち的に接触すること自体を制限することが,必要かつ効果的である。
 そこで,「予め,勧誘を拒絶する意思を表明した消費者に対しては,勧誘をすることができない」というオプト・アウト方式を導入・拡充するべきである。すなわち,勧誘がなされる前に,消費者が予め勧誘を拒否する意思を表明することを認め,事業者がこの意思表示を無視して消費者に接触することを禁止する仕組みの導入を強く求めるものである。
 より具体的には,電話勧誘販売については,勧誘を望まぬ消費者が電話番号を予め登録し,事業者は登録のあった電話番号への勧誘を行ってはならないとする,電話勧誘お断り登録制度(Do-Not-Call制度)を導入すべきである。
 また,訪問販売については,勧誘を望まぬ消費者が,勧誘を受ける意思がない旨を表示したステッカーを門戸に掲示した場合には,事業者は勧誘を行ってはならないとする,訪問販売お断りステッカー制度(ステッカー方式によるDo-Not-Knock制度)を導入すべきである。

4 事業者の営業の自由との関係
 これらの事前拒否者への勧誘禁止制度の導入は,事業者の営業の自由を不当に制約するものではない。
 もとより営業の自由は無制限に認められるものでなく,消費者の正当な権利を侵害しない範囲で許容されなければならない。
 勧誘を望まない消費者がその意に反して勧誘を受けたとき,消費者は生活の平穏や主体的な意思という正当な権利を侵害されているのであり,このような権利侵害をしてまで認められる営業の自由は考えられない。
 あくまでも,本制度が禁止するのは,事前拒否者への訪問・電話による勧誘行為であって,それ以外の営業活動を制約するものではない。 事業者は,事前拒否をしていない消費者に対しては勧誘することができ,また,事前拒否をしている消費者に対しても,テレビや新聞広告,インターネット等の媒体を用いた勧誘や,チラシの配布やダイレクトメールの送付による勧誘など,訪問・電話以外の方法による勧誘を行うことが可能である。このように,本制度によっても,事前拒否者への訪問・電話勧誘行為以外の正当な営業活動は制約されておらず,営業の自由を不当に制約するものではないことは明らかである。
 また,規制の程度をみても,本制度は,営業活動についての時・場所・方法の規制に過ぎない。既に,電子メールの広告については事前の同意がある場合のみ送信できるというオプト・イン方式を採用している(特定商取引法第12条の3,第36条の3,第54条の3,特定電子メールの送信の適正化等に関する法律第3条)こととの比較からしても,予め拒絶のあった場合にのみ勧誘を禁止するに過ぎない制度の導入が,過剰な規制とはいえない。

5 諸外国の状況
 諸外国を見ると,電話勧誘の事前拒否制度は,すでにヨーロッパ各国(イギリス,アイルランド,フランス,イタリア,ノルウェー,デンマーク,オランダ,ベルギー,スペイン),南北アメリカ(アメリカ合衆国,カナダ,メキシコ,ブラジル(各州),アルゼンチン),アジア(オーストラリア,シンガポール,韓国)で導入されている(ドイツ,オーストリア,ルクセンブルグでは,オプトイン方式での規制を導入している)。また,訪問勧誘の事前拒否制度も,オーストラリア,ルクセンブルグ,アメリカの州などで導入されている。
 アメリカ合衆国のDo-Not-Call制度は2003年に導入されたが,瞬く間に普及し,国民の大半が同制度を認知し利用しており,高い評価を受けて今日に至っているが,これによって業者側の営業活動が不当に害されているという批判はされていない。
 このように,消費者による電話勧誘,訪問勧誘の事前拒否制度は,消費者取引における世界標準となっているといって過言ではない。

6 制度の実効性確保にむけての提案
(1) 事業者が事前拒否者を確認する場合,特にDo-Not-Call制度のうち,事前拒否者の登録情報を事業者が取得する方法(いわゆる勧誘拒絶リスト取得方式)の場合には,事業者が保有・把握していない登録者の情報を新たに知ることができるため,悪質な事業者による勧誘が増加したり,登録情報が転売される危険が生じることになる。
 そこで,Do-Not-Call制度の具体的制度設計においては,事業者が,その保有する電話番号等のリストを登録機関に開示し,登録機関が開示されたリスト内における事前拒否者の該当性を確認する方法(いわゆるリスト洗浄方式)を採用すべきである。
(2) また,事前拒否者への勧誘を禁止する制度を導入したとしても,これが事業者によって遵守されなければ意味がない。
 そこで,事業者の規制に反する勧誘行為を効果的に抑止するために,規制違反勧誘に対する罰則を設けるとともに,規制違反勧誘によって締結された契約については,消費者が契約の無効または取消を主張できるという民事規定を導入することが必要である。

以上
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