いわゆる「共謀罪」法案に反対する会長声明
1. 政府は,組織的犯罪処罰法を改正し,「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団による実行準備行為を伴う重大犯罪遂行の計画」の罪を新設する法案(以下「本法案」という。)を,今国会に提出した。これは,過去3回にわたって政府が国会に提出し廃案となった共謀罪法案に,若干の修正を加えたものである。
2. いわゆる共謀罪により処罰されることになれば,意思形成のための発言や相談,会議等が,広く捜査の対象となるので,憲法が保障する思想信条の自由,表現の自由,集会・結社の自由などの基本的人権が不当に侵害され,また,これらの権利の行使に萎縮効果を与えるおそれがある。さらに,電話による通話内容が犯罪を構成することになるため,これを察知するための盗聴(電話傍受)が常態化するなど,適正手続に重大な脅威を及ぼすおそれがある。ゆえに,当会は,2005年10月25日に「共謀罪の新設に反対する会長声明」を,2016年10月28日に「いわゆる共謀罪法案の提出に反対する会長声明」を発表し,一貫して共謀罪の制定に反対してきた。
3. 本法案においては,①共謀ないし計画がテロリズム集団その他の組織的犯罪集団の活動として行われることが必要とされ,また,②共謀ないし計画に加えて「準備行為」を行うことが処罰条件として必要とされている。さらに,③共謀ないし計画の対象犯罪が277罪に減少している。これらにより,本法案は,過去の共謀罪法案と比べ,人権侵害の懸念に対して一定の配慮をしたようにも見える。
4. しかし,上記①の要件については,テロリズム集団は組織的犯罪集団の例示として掲げられているに過ぎない。政府は,もともと正当な活動を行っていた団体についても,団体の結合の目的が犯罪を実行することに一変したと認められる場合には,組織的犯罪集団に当たり得ることとするのが適当であるものと考えている,と説明しており,やはり,通常の市民団体や労働組合等の正当な活動が,捜査機関の恣意的な判断で捜査の対象とされるおそれが排除されず,むしろ,その懸念は,政府の説明によって以前よりも強まっている。
5. また,上記②の要件については,予備罪における予備ないし準備行為とは異なり,対象犯罪の結果発生の危険を含まない些細な日常行為で足りると解釈される可能性が高く,可罰的行為を限定する要件として機能するとは考えられない。そもそも,共謀ないし計画に参加した一部の者が,他の者の知らないところで準備行為を行った場合でも全員が処罰されると考えられており,共謀そのものを処罰することとほとんど異ならない。
6. さらに,上記の③についても,従来は既遂に至るまで処罰されず,又は,未遂・予備段階の処罰で足りるとされていた277もの対象犯罪について,その計画段階での処罰の必要性を個別に吟味せず一括して処罰の対象とすることの不当性は,全く変わらない。
7. たしかに,テロリズム集団による組織的犯罪を未然に防止する必要性は否定されない。
しかし,我が国の現行法上,刑法以外にも,例えば,ハイジャック防止法,サリン等人身被害防止法など,個別の法律にテロと関連しうる各種の予備・陰謀罪が定められており,必要な対策はなされているといえる。仮に,テロ対策が未だ不十分な分野があるとしても,個別の立法措置を行うのが当然であって,前記のとおり277もの対象犯罪について一括して共謀罪を制定する理由にはならない。そもそも,277の対象犯罪の中には,森林法違反や著作権法違反などのテロと無縁の犯罪が依然として含まれており,政府がテロ対策から本法案の必要性を説明することには疑問がある。
8. 加えて,政府は,国際組織犯罪防止条約を批准するために本法案の成立が必要であるとするが,日本弁護士連合会の「いわゆる共謀罪を創設する法案を国会に上程することに反対する意見書」(
2017年(平成29年)2月17日)に詳しく述べられているとおり,既にテロと関連しうる各種の予備・陰謀罪が処罰の対象とされている我が国においては,同条約批准のため,必ずしも新たな共謀罪を制定する必要は認められない。そもそも,2005年段階においては,政府は,同条約締結のためには,共謀罪の対象犯罪について「犯罪の内容に応じて選別することは条約上できない」と説明し,4年以上の懲役・禁錮の刑を定める676罪全てを対象犯罪としなければならないとしていたのだが,本法案においては,前記のとおり対象犯罪が277に減らされた。かかる経緯も考え合わせると,同条約批准のために必要という政府の主張に説得力があるとは言いがたい。
9. 以上のとおり,本法案の危険性は,過去の共謀罪法案と全く異なるところがなく,また,政府が説明するような必要性は認められない。当会は,本法案に,強く反対する。
2017年(平成29年)4月27日
秋田弁護士会 会長 三 浦 広 久