「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」(いわゆる「カジノ解禁推進法案」)に反対する会長声明
2014年7月1日 公開
昨年12月,超党派で組織する国際観光産業振興議員連盟(通称「IR議連))に所属する有志議員によって,「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」(以下,「カジノ解禁推進法案」という。)が国会に提出され,第186回国会会期末間際の本年6月18日に審議入りされた。
今年秋に開会される予定の臨時国会で同法案が可決成立することにより,2020年に開催することが決定した東京オリンピックに合わせて日本でもカジノを開設することが可能になるとされており,そのためもあって,カジノ解禁を推進する議員らは次の臨時国会での同法案成立をめざしていると報道されているところである。
また,ここ秋田でも,県内へのカジノ施設誘致の動きが一部でなされているところである。
カジノ解禁推進法案は,「特定複合観光施設区域の整備の推進が,観光及び地域経済の振興に寄与するとともに,財政の改善に資するものである」とし,カジノを推進する立場からは経済の活性化や雇用の拡大などのプラスの効果があると期待されている。
しかし,カジノ解禁推進法案には,以下述べるとおり多くの問題がある。当会はこの法案に強く反対し,本法案の廃止を求めるものである。
(1)カジノは「賭博」である
そもそもカジノは刑法が禁じている「賭博」に該当する。カジノ解禁推進法案は,本来は賭博に該当するカジノについて,一定の条件の下に設置を認めるために必要な措置を講じる,とするものである。
刑法が賭博を禁じている主な趣旨は,6月22日に会期末を迎えた第186回国会での政府委員の答弁にもあるとおり,「勤労その他正当な原因によらず,単なる偶然の事情により財物を獲得しようと他人と相争うものであり,国民の射幸心を助長し,勤労の美風を害するばかりでなく,副次的な犯罪を誘発し,さらに国民経済の機能に重大な障害を与えるおそれがあることから,これを社会の風俗を害する行為として処罰すること」にある。カジノを解禁することは,刑事罰をもって賭博行為を禁止してきた立法趣旨を損なうものであって,「経済の活性化」のために,働くことなしに濡れ手で粟を求める場を創設することは,まさに本末転倒といわなければならない。
(2)ギャンブル依存症の拡大のおそれ
カジノの解禁は,病的賭博(ギャンブル依存症)の患者を大きく増加させるおそれがある。賭博の中でもカジノは,一度に賭ける金額や賭率,ゲームの速度・頻度等に工夫をこらし,ハイテクを駆使して射幸心と陶酔感をあおり立て,参加者が所持金を全て使い果たすまで賭け続けるように働きかけるものとなっており,いわばギャンブル依存症患者を作り出すことで収益を上げるビジネスモデルとなっている。
すでに公営ギャンブルが設置され,パチンコ産業も存在するわが国のギャンブル依存症の有病率は,2009年厚生労働省の調査によれば男性9.6%,女性1.6%とされ(推定400万人~500万人),諸外国が1%前後に過ぎない中で世界的にみても極めて高く,その一方で患者への適切な治療・支援というものはなかなか進んでいない。ギャンブル依存症は,患者本人だけでなく配偶者やその家族にも深刻な影響を及ぼすものであり,治療コストも含めた社会的な損失は莫大なものとなる。求められていることは,ギャンブル依存症の患者を新たに発生させないための取り組みを進めていくことであり,カジノの解禁はこれにも真っ向から背くものである。
(3)多重債務者増加のおそれ
カジノの解禁によって,多重債務者が再び増加するおそれがある。
2006年の貸金業法改正や,内閣の多重債務者対策本部の設置など,官民一体となっての多重債務者対策によって,多重債務者は近年激減し,その結果として破産等の経済的破綻を余儀なくされる者も大きく減少した。
カジノは,ギャンブルである。前述のギャンブル依存症に罹患してしまった場合はもちろん,それには至らずとも,一攫千金を求めて所持金を使い果たしてしまった者が,挽回のためにと金を借りてまで用意しさらに賭けに臨んでしまうことは想像に難くない。カジノの解禁は,これまでの多重債務者対策に逆行するものであり,多重債務者を再び増加させるおそれがある。
(4)青少年への悪影響の懸念
カジノ解禁推進法案で想定されているカジノは,「会議場施設,レクリエーション施設,展示施設,宿泊施設その他の観光の振興に寄与すると認められる施設」と一体となって設置されるというもので,「統合型リゾート(IR方式-Integrated Resort)」と呼ばれるものであるが,カジノ施設そのものに青少年が入ることはできなくとも,IR方式では,レクリエーション施設等様々な施設とカジノが一体となっているというのであり,家族で出掛ける先に賭博場が存在するという環境にある。こうした環境では,賭博というものに対する抵抗感が喪失してしまうおそれがあり,青少年の健全育成という観点からも大きな問題がある。
(5)民営企業による運営に関する問題
カジノ解禁推進法案が想定しているカジノは,民間企業が直接,施工・開発・運営する完全な民営である。
日本には現在,競馬・競輪などの公営ギャンブルがあるが,これらにおいては,「胴元」としての利益は社会に還元される。しかし,カジノ解禁推進法案においては,売上の一定率を納付金として国に納付することとされてはいるものの,その利益はカジノを運営する民間会社が取得するのであり,公営ギャンブルとは大きく異なる。
また,公営ギャンブルにあっては,公正安全な運営の確保のための規則が細かく定められ,予想される不正行為に対する罰則規定も置かれているが,民間企業が運営するカジノにおいては,不正行為の防止や,運営に伴う有害な影響の排除といった措置がとられ,公共の信頼を担保するということは極めて困難といわざるを得ない。
(6)経済効果に関する問題
前述のとおり,カジノを推進する立場からは,経済の活性化効果を期待する声がある。
しかし,先に挙げたとおり,ギャンブル依存はさまざまな経済的損失をもたらすことが指摘されている。治療にかかるコストはもちろん,依存症患者の労働力・生産性の低下,失業や破産に伴う生活保護費など,莫大な損失となる。韓国では,2009年のギャンブル産業の売上高が16.5兆ウォンであったのに対して,家庭崩壊や労働意識の低下で社会全体では60兆ウォンの損失が生まれたという政府の試算がなされている。
しかし,先に挙げたとおり,ギャンブル依存はさまざまな経済的損失をもたらすことが指摘されている。治療にかかるコストはもちろん,依存症患者の労働力・生産性の低下,失業や破産に伴う生活保護費など,莫大な損失となる。韓国では,2009年のギャンブル産業の売上高が16.5兆ウォンであったのに対して,家庭崩壊や労働意識の低下で社会全体では60兆ウォンの損失が生まれたという政府の試算がなされている。
また,カジノを中核としたIRが大きな利益を挙げたところで,当該施設を運営する民間企業の利益となるだけである。特に,IRのカジノ以外の施設はカジノの収益を利用して極めて低廉な価格でサービスを提供しており,従前から当該地域にあった会議場施設,レクリエーション施設,宿泊施設は太刀打ちできず,衰退していくことになる。「地域経済の振興に寄与」するのではなく,むしろ地域経済を衰退させていく可能性が高い。
こうした「負のコスト」を考えると,カジノ解禁による収益は,トータルでの経済の活性化にはつながらないのである。
以上のとおり,カジノ解禁推進法案が成立した場合には,これまで賭博を禁止してきた趣旨が損なわれ,ギャンブル依存症患者の増加,多重債務者の増加などのおそれがあるほか,ギャンブルに抵抗感のない青少年が安易に手を伸ばしてしまうことにより,これらの弊害が次の世代にも広がっていくことも懸念されるところである。経済の活性化という点にも大いに疑問があるカジノを,民営で導入する必要は全くない。
よって,当会は,カジノ解禁推進法案に強く反対し,本法案の廃案を求める。
2014年(平成26年)7月1日
秋田弁護士会
会長 加 藤 謙