「(仮称)秋田市公契約基本条例」制定に関する意見書
2013年1月16日 公開
「(仮称)秋田市公契約基本条例」制定に関する意見書
2013(平成25)年1月16日
秋田市長 穂 積 志 殿
秋田弁護士会
会 長 近 江 直 人
当会は,秋田市が本年度内の制定を予定し,平成24年9月に公表した「(仮称)秋田市公契約基本条例」の概要(以下「市条例案」という。)について,以下のとおり,意見を述べる。
第1 意見の趣旨
1 条例の目的について
市条例案第1の目的規定に,労働者の適正な労働条件等を確保する旨を明記するべきである。
2 条例が適用される公契約(工事,業務委託契約等)及び労働者の範囲について
(1)市条例案第2の定義規定に,条例が適用される公契約(工事・業務委託契約等)の具体的な範囲を明記するべきである。
(2)市条例案第3(2)等にある「対象労働者」の範囲を具体的に明記するべきである。
3 労働者の労働報酬下限額(最低賃金)の規定について
労働者の労働報酬下限額を条例において規定し,労働報酬下限額を審議する第三者委員会等を設置するべきである。
4 労働者への周知について
受注者において,対象労働者の範囲,労働報酬下限額及び労働者が異議申出をする場合の申出先と,労働者が当該申出をしたことを理由に解雇・請負契約の解除その他不利益な扱いをしてはならない旨定め,これら事項を作業場の見やすい場所に掲示又は書面で労働者に交付する義務がある旨規定するべきである。
5 受注者に対する報告及び立ち入り検査について
受注者に対する市の検査・調査権限として,労働者からの異議申出があった場合に加え,市が条例に定める事項の遵守状況を確認するために必要があると認める場合にも,受注者に対し必要な報告若しくは資料の提出を求めること及び立ち入り検査を可能とする旨規定するべきである。
6 是正命令と是正報告について
(1)受注者に対する市の是正命令の発動は,「違反等があったことが明らかなとき」(市条例案第7の2(3))に限定するのではなく,より広く,市が受注者の条例違反を認めた場合に是正のための必要な措置を命ずることができる旨規定するべきである。
(2)是正命令を受けた受注者は,速やかに是正措置を講ずるとともに,市が指 定する期日までに,市に報告する義務が存する旨規定するべきである。
7 制裁的規定について
公契約条例の実効性を確保するために,違反業者の公表,公契約の解除,違約金支払,資格停止措置等の制裁的規定を設けるべきである。
第2 意見の理由
1 条例の目的について
(1)秋田市が,他の自治体より先進して,公契約条例の制定に向けて取り組んでいる姿勢は評価すべきものである。
しかし,この度公表された市条例案は,そもそも条例が適用される公契約及び対象労働者の範囲が一義的には明らかではない上,労働者の最低賃金や条例の実効性を確保する制裁的規定も盛り込まれていないなど,既に制定され,施行されている他の自治体の条例と比べても著しく抽象的かつ概括的なものとなっている。この点,市条例案第9において,具体的な規定は,市長が定める規則に委任し,別にこれを定めるとしているが,公契約を通じて政策目的を実現するためには,議会において十分な検討を経て規律すべきであるから,市長が定める規則ではなく,議会が制定する条例で上記具体的規定を定めるべきである。
(2)今日,委託企業間の価格競争の激化等により,落札額の低下が進み,サービスの質の低下やいわゆるワーキングプアと呼ばれる労働者の労働条件の悪化が社会問題化している。
そこで,かかる社会問題を克服し,公契約に基づく事業やサービスの質の向上,地域経済の健全な発展と市民の経済活動の活性化を図るためには,労働者の雇用と適正な労働条件の確保が不可欠である。
しかしながら,市条例案においては,多くの他の自治体が条例の目的に掲げている労働条件の適正化に関しては一切触れられていない。
この点,市が条例案の目的に掲げる「公契約の適正な履行および良好な品質の確保を図」るためには,公契約にかかる業務に従事する労働者の雇用と適正な労働条件の確保を図ることが不可欠であることからも,対象労働者の労働条件の適正化を図ることを公契約条例制定の第1次的目的と捉え,市条例案の目的規定にもその旨を明記するべきである。
2 条例が適用される工事,業務委託及び労働者の範囲について
市条例案第2(1)では,公契約を「市が発注する工事又は製造その他についての請負契約および業務の委託に関する契約」と定義付けているところ,他の自治体の公契約条例と異なり,予定価格等の具体的要件が定められていない。この点,市条例案規定のとおり,価格を制限することなく,市が発注する一切の上記契約が対象となるのであれば,これは高く評価することができる。しかし,実際には対象となる公契約の範囲も規則で定めるとするのであれば,上記のとおり,妥当ではない。
また,市条例案第3(2)等にある「対象労働者」については,「公契約の履行に関わる労働者」と規定されているだけで,下請負者に雇用される労働者や派遣により従事する労働者が含まれるのか否かは不明である上,指定管理者制度での適用があるか否か,個人請負労働者が含まれるのか否かも明らかではない。
したがって,条例が適用される工事,業務委託及び労働者の範囲については,市長が定める規則によってではなく,議会における検討を通じて客観性と透明性を高め,広く市民に周知させる見地から、条例において具体的に明記するべきである。
3 労働者の労働報酬下限額(最低賃金)の規定について
公契約条例において労働者の労働報酬下限額を規定し、労働者の最低賃金を相当程度引き上げることは、市民の経済活動の活性化に資するとともに、ひいては地域経済の健全な発展に繋がるものである。
この点,公契約条例で受注者に一定額の賃金支払の義務を課すことは,契約当事者の合意に基づいて相手方を拘束するものであって,公権力的な規制に基づく義務ではないことから,最低賃金法には抵触しないと解され,また,対等な当事者間の合意を根拠とする以上,優越的地位の濫用には当たらず独占禁止法第2条9項各号が定める「不公正な取引方法」のいずれの類型にも該当するものでもない。
したがって,委託企業間の価格競争の激化等により,現場で業務に直接従事している労働者に低賃金が押し付けられている現状を改善するためには,労働報酬下限額を条例に明記するべきである。
そして,適正かつ妥当な報酬額を策定するためには,専門性,客観性及び透明性を高める必要があることから,審議会等の第三者委員会を設置して検討されるべきである。
4 労働者への周知について
対象労働者が,支払を受けた作業報酬額等について異議がある場合に申出ができるとしても,申出をする先を知ることができず,申出をすることで不利益な扱いをされるのであれば,対象労働者は申出をするのに萎縮し,事実上異議申出をすることは期待できないから,かかる事態を回避するため労働者への周知を図ることが必要となる。
また,受注者においても,条例に定める事項について遵守するべきことを客観的・外形的に意識することが可能となる。
5 受注者に対する報告及び立ち入り検査について
市条例案では,対象労働者が申出をしない限り,市において受注者に対し立ち入り調査等を実施することができない。
この点,対象労働者による申出がない場合に,条例に定める事項を遵守していない受注者に対して報告や資料の提出,立ち入り検査等の措置ができないことになれば,条例違反の状態を放置することになりかねない。
したがって,対象労働者から異議申出があった場合に限定せず,条例に定める事項の遵守状況を確認するために必要があると認める場合にも受注者に対し必要な報告若しくは資料の提出,立ち入り検査を可能とする旨規定する必要がある。
6 是正命令と是正報告について
市条例案第7の2(3)において,「違反等があったことが明らかなとき」に,市が是正のための必要な措置を命ずるとし,条例違反の明白性を是正命令の発動要件としているが,これでは是正命令の発動要件が限定されることから,「市が受注者の条例違反を認めた場合」にも是正のための必要な措置を命ずることができる旨規定するべきである。
また,是正命令を受けた受注者は,速やかに是正措置を講ずることが期待されるところ,その是正内容を明確にし,かつ,確実に履行させるため,受注者に対する是正内容の報告義務を定めるべきである。
7 制裁的規定について
条例に違反し,是正命令を受けた受注者においては,必要な是正措置を適切に履行することが期待されるところであるが,実効性を確保するため,違反業者の公表,公契約の解除,違約金支払,資格停止措置等の制裁的規定を設けることも検討されるべきである。
以 上