「海賊行為対処法案」に反対する会長声明
2009年6月11日 公開
政府は,ソマリア周辺海域における海賊事件の多発を契機に自衛隊法上の海上警備行動として自衛隊を派遣し,衆議院は,本年4月23日,「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律案」(海賊行為対処法案)を可決し,同法案は参議院に送付され,本年5月27日より参議院にて審議が行われている。
しかし,同法案の内容は,以下述べるとおり,憲法9条に抵触するおそれがあり,立憲主義の見地から問題があり,今後の自衛隊のあり方を根本から変容させる危険を有しているため同法案には反対である。
第1 自衛隊の海外派遣は,憲法9条に抵触するおそれがある。
日本国憲法9条は,「国権の発動たる戦争と,武力による威嚇又は武力の行使は,国際紛争を解決する手段としては,永久にこれを放棄する」旨宣言しており,自衛隊については,政府の公式解釈によっても自衛のための任務を有し,かつその目的のために必要相当な範囲の実力部隊であるとしている。このような領土防衛を主たる任務とする自衛隊を,海賊対策を名目に公海に派遣することは,憲法9条に抵触するおそれがある。
また,法案は,対象行為を日本船舶だけでなく外国船舶を含む全ての船舶に対する海賊行為にまで拡大し,地理的な制約も課していないため,海賊対処を名目に世界中の公海に自衛隊が派遣される余地があり,問題が大きいといわざるを得ない。
さらに,海賊対処を名目に他国の軍事的な戦略に組み込まれるような事態が生じることがあれば,日本国憲法の禁止する集団的自衛権の行使がなし崩し的に行われる結果となりかねず,問題は深刻である。
第2 武器使用規定の緩和も憲法9条に抵触しかねない。
法案は,海賊と目される船舶が制止措置に従わず,著しく接近したり,つきまとったり,その進行を妨げる行為をした場合には,相手から発砲を受けるなどしていなくとも先行的に船体射撃を行うことをも許容する規定となっており(第6条,第8条2項),従前の武器使用規制を大幅に緩和する内容となっている。
自衛官にまで停船射撃等の権限を与えることは,武力による威嚇,さらには武力行使に至る危険性があり,武力行使を禁止した憲法9条に反する事態が危惧される。
第3 自衛隊によって対処する必要がない。
そもそも海賊行為等は、本来警察権により対処されるべきものであり、自衛隊による対処には疑問がある。海賊行為抑止のための対処行動は,警察権行使を任務とする海上保安庁によることとすべきであって,本法案のように自衛隊派遣を可能とする恒久法を制定する必要はないというべきである。
さらに法案の体裁としても,今回の法案が,ソマリアの政情不安を背景とするソマリア沖・アデン湾における海賊問題を契機としており,国連安保理決議も同地域を対象としていることからするなら,同地域の推移を見る上でも時限立法によるのが筋であって本法案のような恒久法を策定しなければならない立法事実が存在していない。
以上指摘した問題に加え,本法案は,その適用範囲が広範に及び,自衛隊の活動範囲が無限定に拡大するおそれがあるにも関わらず,自衛隊の海賊対処行動は,防衛大臣と内閣総理大臣の判断のみでなされ,国会には事後報告で足りるとされており(第7条),民主的コントロールの欠如も著しい。
「海賊」問題の真の解決には,中央政府が崩壊し,政治的・経済的混乱が続くソマリアの秩序回復とその復興支援が不可欠であり,同時にソマリア周辺国の地域協力による海賊対策のための警備能力向上支援のため技術的・財政的援助が必要とされる。今必要とされているのはこのような日本国憲法の精神に即した非軍事的な措置を中核とする平和的対処であって,本法案の制定には反対である。
2009年(平成21年)6月11日
秋田弁護士会
会長 伊 勢 昌 弘