「有事法制」法案に反対する会長声明

2002年5月21日 公開
 政府は、4月17日、衆議院に、「武力攻撃事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律案」、「安全保障会議設置法の一部を改正する法律案」及び「自衛隊法及び防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律案」(以上を「有事法制3法案」という)を上程した。

 日本弁護士会連合会は、4月20日の理事会において、憲法原理に照らし、以下の重大な問題点と危険性が存在するとして、有事法制3法案に反対し、同法案の廃案を求める決議を採択した。

1.「武力攻撃のおそれのある事態」や「事態が緊迫し、武力攻撃が予想されるに至った事態」までが「武力攻撃事態」とされており、その範囲・概念は極めて曖昧である。政府の判断によりどのようにも「武力攻撃事態」を認定することが可能であり、しかも国会の承認は「対処措置」実行後になされることから、政府の認定を追認するものとなるおそれが大きい。

2.いったん内閣により「武力攻撃事態」の認定が行われると、陣地構築、軍事物資の確保等のための私有財産の収用・使用、軍隊・軍事物資の輸送、戦傷者治療等のための市民に対する役務の強制、交通、通信、経済等の市民生活・経済活動の規制などを行うことにより、市民の基本的人権を大きく制約することとなるが、これは憲法規範の中核をなす基本的人権保障原理を変質させる重大な危険性を有する。

3.曖昧な概念の下で拡張された「武力攻撃事態」における自衛隊の行動は、憲法の定める平和主義の原理、憲法9条の戦争放棄、軍備及び交戦権の否認に抵触するのではないかとの重大な疑念が存在する。また、周辺事態法と連動して、米軍が主体的に関与する戦争あるいは紛争に我が国を参加させることにより、日米の共同行動すなわち個別的自衛権の枠を超えた「集団的自衛権の行使」となり、我が国に対する攻撃を招く危険を生じさせる。

4.武力の行使、情報・経済の統制等を含む幅広い事態対処権限を内閣総理大臣に集中し、その事務を閣内の「対策本部」に所掌させることは、行政権は合議体である内閣に属するとの憲法規定と抵触し、また内閣総理大臣の地方公共団体に対する指示権及び地方公共団体が行う措置を直接実施する権限は地方自治の本旨に反し、憲法が定める民主的な統治構造を大きく変容させ、民主主義の基盤を侵食する危険性を有する。

5.日本放送協会(NHK)などの放送機関を指定公共機関とし、これらに対し、「必要な措置を実施する責務」を負わせ、内閣総理大臣が、対処措置を実施すべきことを指示し、実施されない時は自ら直接対処措置を実施することができるとすることにより、政府が放送メディアを統制下に置き、市民の知る権利、メディアの権力監視機能、報道の自由を侵害し、国民主権と民主主義の基盤を崩壊させる危険を有する、等である。

 以上のように、有事法制3法案は、武力または軍事力の行使を許容するための強大な権限を内閣総理大臣に付与する授権法であり、基本的人権侵害のおそれ、平和原則への抵触のおそれだけではなく、憲法が予定する民主的な統治構造を変容させ、地方公共団体、メディアを含む指定公共機関の責務と内閣総理大臣の指示権、直接実施権及び国民の協力・努力義務を定めることにより、国家総動員体制への道を切りひらく重大な危険性を有するものである。

 また、有事法制の必要性及びその内容については、様々な意見が存するところであり、広く国民的な議論を尽くしたうえで国会に上程するべきであり、今回の法案の国会上程は、極めて拙速であるといわざるを得ない。

 当弁護士会は、基本的人権尊重主義、平和主義、国民主権原理という憲法原理に抵触するのではないかという重大な疑義がある有事法制3法案について、同法案の問題点を国民に明らかにし、国民が十分に議論する機会が保障されないままでの同法案の成立に反対するものである。

平成14年5月21日
 秋田弁護士会
   会長 柴 田 一 宏

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