地方消費者行政の一層の強化を求める意見書
2017年11月29日 公開
第1 意見の趣旨
1 地方消費者行政推進のための交付金の継続
国は,地方消費者行政の体制・機能強化を推進するための特定財源である「地方消費者行政推進交付金」について,2017年度(平成29年度)までの新規事業に適用対象を限定している点を,2018年度(平成30年度)以降の新規事業も適用対象に含めるよう改正するとともに,消費者行政の相談体制,啓発教育体制,執行体制等の基盤拡充に関する事業を適用対象に含めるよう改正し,同交付金を少なくとも今後10年程度は継続すべきである。
2 国の事務の性質を有する消費者行政費用に対する恒久的財政負担
国は,地方公共団体が実施する消費者行政機能のうち,消費生活相談情報の登録事務,重大事故情報の通知事務,違反業者への行政処分事務など,国と地方公共団体相互の利害に関係する事務に関する予算の相当部分について,地方財政法第10条を改正して国が恒久的に財政負担する事務として位置づけるべきである。
3 地方消費者行政職員の増員と資質向上のための施策
国は,地方消費者行政における法執行,啓発・地域連携等の企画立案,他部署・他機関との連絡調整,商品テスト等の事務を担当する職員の配置人数の増加及び専門的資質の向上にむけ,実効性ある施策を講ずべきである。
第2 意見の理由
1 地方消費者行政推進のための交付金の継続
(1)消費者被害の深刻さの拡大
全国の消費生活センターに寄せられる消費者被害やトラブルに関わる苦情相談件数は,1985年までは年間10万件以下であったが,最近10年ほどは年間90万件前後で高止まりしている(国民生活センター「2016年度のPIO-NETに見る消費生活相談の概要」)。
とりわけ,高齢者の消費者被害・トラブルが増加の一途をたどっていることは深刻な問題である。消費者庁「平成29年版消費者白書」でも,高齢者に関する消費生活相談件数は依然として高水準であり,高齢者・障害者等に関する見守りの強化は重要と指摘されており,その対策強化の必要性は明らかである。
(2)地方消費者行政予算・消費生活相談体制の状況
2009年に消費者庁が設立されて地方消費者行政の拡充が議論されたことにより,地方消費者行政に特定した財源である「地方消費者行政活性化交付金」等が公布措置が執られた。その後,同交付金は「地方消費者行政推進交付金」に変更して継続され,地方公共団体の相談体制の整備がなされてきた。
この間確かに,全ての自治体において,消費生活センター,あるいはその要件を満たさずとも何らかの消費生活相談窓口が設置されるには至った(平成28年版消費者白書7ページ)。消費生活センターで相談を担当する有資格者である消費生活相談員の配置人数も,2009年度は2800人であったものが,2015年には3367人へと増加した(同白書30ページ)。
もっとも,消費者庁は2014年に消費者安全法を改正し,高齢者福祉関係者やその他の民間関係者による高齢者見守りネットワークが消費者被害防止に向けて活動できるよう,「消費者安全確保地域協議会」を設置することを規定し(同法第11条の3),これは2016年4月に施行されているが,消費者庁策定の「地方消費者行政強化作戦」では,同協議会を人口5万人以上の全市町に設置するという目標が掲げられていたにも関わらず,2017年1月時点でも,人口5万人以上の自治体のうち21市にしか設置できていない実情もある(他に4道県,5万人未満の6市町に設置)。
また,都道府県の消費者行政担当課には特定商取引法に基づく行政処分権限が付与されており,被害拡大防止の役割が期待されているが,都道府県による行政処分執行の件数を見ると,ピークの2010年には業務停止命令が115件,指示が20件あったものの,その後は減少に転じ,2016年度は業務停止命令が25件,指示が9件と,大幅に減少している(消費者庁「特定商取引法に基づく処分件数の推移」)。また,2013年度以降本年9月13日までの処分件数は244(業務停止命令181,指示63)件あるが,処分件数0という府県が16もあり,地域間の格差も顕著となっている(消費者庁「特定商取引法に基づく処分件数の推移」)。
(3)交付金継続の必要性
国は,2009年度以降,地方公共団体に対し,「地方消費者行政活性化交付金」や「地方消費者行政推進交付金」を公布し,地方公共団体による主体的な強化を支援してきた。また,地方消費者行政推進交付金の実施要領では,2017年度までの新規事業を適用対象事業として限定的に定めることにより,地方公共団体が早期に積極的な体制整備に取り組むことを促してきた。
このように,消費生活相談体制・消費者のための事業が一定程度整備されてきた実績は,国の支援方策の成果として評価することができる。
しかし,上記交付金の適用対象事業を2017年度までの新規事業に限定する現行の実施要領のままでは,上記の高齢者見守りネットワークへの取り組みや,法の執行における地域格差を固定化し,地方消費者行政の必要最低限度の体制整備(いわゆるナショナルミニマム)が確保できなくなることが危惧される。実際にも,2016年には全国知事会等の地方公共団体関連4団体ならびに20都道府県が,地方消費者行政の拡充に向けた国の財政措置を要望する意見書を提出しており,地方の実情が示されている。
以上のとおりであり,適用対象が2017年度までの新規事業に限られている,現在の地方消費者行政推進交付金の実施要領を改正し,これを2018年度以降の新規事業も適用対象に含めるように改めるべきである。また,消費生活相談体制の充実・強化とともに被害防止のための出前啓発講座等の啓発活動や悪質業者排除の法執行が一層重要となっていることに鑑み,消費生活相談員の増員及び処遇改善,教育啓発担当の消費生活相談員及び職員の増員,法執行担当職員の増員及び専門性向上等の人的基盤強化についても適用対象に位置づけるべきである。そして,十分な体制整備にはそれなりの期間を要するものであるから,同交付金を少なくとも今後10年程度は継続するよう改めるべきである。
2 国の事務の性質を有する消費者行政費用に対する恒久的財政負担
(1)地方財政法第10条の定め
地方財政法第10条は,「地方公共団体が法令に基づいて実施しなければならない事務であって,国と地方公共団体相互の利害に関係がある事務のうち,その円滑な運営を期するためには,なお,国が進んで経費を負担する必要がある次に掲げるものについては,国が,その経費の全部又は一部を負担する。」として,全国的に影響する事項や,地域格差を解消して最低限の水準(ナショナルミニマム)を確保すべき事項を列挙している。列挙されている事項では,生活保護に要する経費や,公営住宅の家賃の低廉化に要する経費などが挙げられているが,消費者行政に関するものは対象となっていない。
(2)消費生活相談情報等の収集事務の人件費
ところで,地域で発生する消費者被害の防止や救済の事務については,基本的には自治事務とされている。
確かに,消費生活センターにおける相談・助言については,地域の住民サービスの性質を有しているものであるが,消費生活センターの業務はこれにとどまるものではなく,相談処理に当たっては法令違反行為の有無を聴取し,その相談情報を法令上の義務としてPIO-NET(全国消費生活情報ネットワークシステム)に登録して全国で情報共有し,これは悪質業者の排除等の法執行に活用されている。こうした業務については,広域的被害を防止する国の消費者行政事務のうち情報収集事務を地方公共団体が担っているものと評価できる。
また,消費者安全法に基づく重大事故情報を地方公共団体から国に通知する業務(消費者安全法第12条)も,国の消費者被害情報の集約事務の一端を法令に基づいて地方公共団体が分担していることにほかならない。
(3)法執行事務の人件費
インターネット取引被害や電話勧誘販売被害などに見られるように,消費者被害を発生させる事業活動の多くは広域的に活動する事業であり,地方公共団体が違法な事業者を早期に規制して被害の拡大を防止することは,国が対応すべき事務を地方公共団体が担っているとみることができる。
この観点から見ると,都道府県が,特定商取引に関する法律(特定商取引法)や不当景品類及び不当表示防止法(景品表示法)に基づいて違反業者に対する行政処分を施行することは,我が国の市場の公正を確保する役割を地方公共団体が担っていると評価することができる。
(4)地方財政法第10条改正の必要性
以上のとおりであり,地方公共団体が実施する消費者行政機能のうち,消費生活相談情報のPIO-NET登録,重大事故情報の通知,法令違反業者への行政処分などは,国と地方公共団体の相互に利害関係がある事務であり,消費者被害防止のために全国的な水準を向上させる必要性が特に大きい業務である。
よって,地方財政法第10条を改正して,同条の列挙事由に消費者被害防止に係る情報収集及び法執行に係る事務に関する経費を加え,地方公共団体においてこれらの事務を担当する職員・相談員の人件費等の予算の相当割合については,国が恒久的に負担すべきである。
3 地方消費者行政職員の増員と資質向上のための施策
これまでの地方消費者行政に対する国の財政支援は,消費生活センター・相談窓口の設置と消費生活相談員の配置及び資質向上,消費者啓発・教育の実施,等を重点課題として行われてきており,一定の成果は上がっているといえる。
ただ,前記の通り都道府県は特定商取引法や景品表示法に基づいて違反業者に対する行政処分の執行ができるが,近年,その件数は大幅に減少している。この大きな原因は職員の不足にあると指摘されている。違法な事業活動に対する法執行が減少している現状,商品事故に関する原因究明や商品テスト担当職員が減少している現状に対し,消費者行政担当職員の配置と専門性向上の施策は重要な課題である。
また,今後の地方消費者行政の役割は,地方公共団体内の他部署との連携による,高齢者見守りネットワークの構築や,官民連携によるきめ細かな消費者啓発・見守りの実施が重要課題とされている。
こうした課題の中で今後は,消費者行政担当職員が,地方公共団体での中心的な存在となって,消費者安全確保地域協議会の設置や見守り活動の推進等のコーディネーターの役割を果たすことが求められているといえ,消費者行政担当職員の役割の重要性はますます高まることになる。そうした中では,現在の体制はやはりまだまだ不十分である。
したがって,地方公共団体の消費者行政担当職員の配置人数を増やすことや,兼務が大半の市町村職員の現状については,専任職員の増員とともに,兼務であっても消費者行政の比重をできるだけ高めることなどの職員体制の拡充強化が求められ,これは国にとっても喫緊の課題である。
さらに,商工関連部署の中に消費者行政担当が置かれている自治体がまだまだ多い現状もある。今日的な消費者行政の役割に照らせば,福祉部門や住民生活部門の中に消費者行政部署を位置づけることが,庁内連携や地域連携の促進の上で効果的であり,そうした体制づくりの検討も求められる。
そこで,国は,地方消費者行政の担当職員の職務が,法執行,啓発,地域連携の企画推進,他部署・他機関との連絡調整など,多様な課題を担う必要があることを踏まえて,地方消費者行政担当職員の配置の目安を示すことや,求められる専門的資質の水準を示すことなど職員の増進と資質向上に関する具体的な政策を検討するとともに,職員の資質向上にむけて国民生活センターによる研修の実施や教材の提供を一層拡充するなど,財政的・人的支援を強化した実効性のある施策を講ずべきである。
以上
2017年(平成29年)11月29日
秋田弁護士会
会長 三 浦 広 久