秋田県多様性に満ちた社会づくり基本条例(仮称)及び多様性に満ちた社会づくりに関する指針(仮称)に対する意見
秋田県あきた未来創造部 御中
秋田県多様性に満ちた社会づくり基本条例(仮称)
及び多様性に満ちた社会づくりに関する指針(仮称)に対する意見
2022(令和4)年1月21日
秋田弁護士会
会長 山 本 隆 弘
第1 はじめに
今般,秋田県において,県民が安心して暮らすことができ,かつ,持続的に発展することができる社会,県民一人ひとりが個性を尊重し合いながら,多様な文化及び様々な価値観を受け入れ,互いに支え合う社会を実現すべく,「秋田県多様性に満ちた社会づくり基本条例(仮称)」及び「多様性に満ちた社会づくりに関する指針(仮称)」を制定することについて,本会はその趣旨に賛同するものである。また,基本条例及び指針の内容をより良いものとし,さらには,条例及び指針の実効的な運用によって理想の社会を実現すべく,会として協力をする準備がある。
以下は,条例素案及び指針素案に関する現時点での本会の検討状況であるが,時間的制約もあり,全てを網羅的に検討したものではないことを付言する。
第2 条例素案について
1 条例素案は「差別等の禁止」を定めているが(素案4),指針素案によれば,さらにその差別等の具体例として,その他を含め12分野における差別事由を列挙している。このうち「性別」,「障害者」及び「いじめ」等についてはすでに個別条例が制定されているが,「性的指向,性自認」や「外国人」等に関する個別条例は未だ制定されていない。
この点,差別等の禁止を実効化するためには基本条例を具体化する個別条例の制定が不可欠と考えられるので,上記条例未制定の分野・項目における個別条例を制定することも,県の責務等として,明記すべきである。また,条例制定にあたっては,これら個別条例の制定の予定,仮に制定しない場合にはその理由も,県民,県議会等に説明すべきである。
2 条例素案では,「差別等の禁止」を定め,そのための県の責務と(素案5),施策等への協力を県民,事業者に求めているが(素案6),それだけでは,「差別等の禁止」が実現できるとは限らない。少なくとも,「差別等」により権利侵害を受けた県民の権利救済を図る制度,施策が必要である。したがって,条例には,「差別等」を受けた県民の権利救済を図る制度の実現を図る規定を設けるべきである。
ちなみに,日本弁護士連合会は,2019年(令和元年)10月4日,深刻な問題となっている子どもの人権,女性差別,障がい者差別,外国人の人権及びヘイトスピーチなどの諸問題の解決を大きく前進させるために,人権の促進及び擁護のための国家機関(国内人権機関)の地位に関する原則(パリ原則)にのっとった国内人権機関を設置して,人権救済を図るべきことを提言し,決議している。
また,暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(暴対法)が「都道府県暴力追放運動推進センター」(同法32条の3)を設置して被害防止のための広報・相談・講習実施等の各種業務を行うものとしていること(同条2項)が非常に参考になる。犯罪被害者支援のための,「犯罪被害者等早期援助団体」(犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律23条)も同様である。
3 また,県の責務とされている基本的施策も,広報活動の充実等(素案7)にとどまらず,県自らが「差別等の禁止」を実現する施策を行うこととすべきである。例えば,LGBTの人々のために,県民や事業者に個別トイレを作ることに協力させるということだけでなく,県民や事業者がそのようなトイレを設置できるように補助金を出すなどの具体的施策を行うことなども,本条例による施策とするよう構想すべきである。
4 条例素案で明記されている「差別等」は,人種等を理由とする差別行為(素案4の1項)のほか,「他人に対して,優越的な関係を背景として,不当な行為をすること(素案4の2項)と定めているが,これらを具体化した指針の中には,これらの定義と整合しない事案(例えば,いじめ)も本条例の対象とされており,本条例による適用対象が不明確となっているので,条例素案の定義と指針による具体的事案との整合性を図るべきである。
第3 指針素案について
1 「合理的な理由に基づく差別」という用語について
指針34頁「第5章 留意すべき事項」の1では「合理的な理由に基づく差別」という表現がなされている。確かに,合理的な理由がある場合には憲法14条1項の平等原則に反しない場合があることは解釈上認められているところであるが,「差別」という言葉自体に既にネガティブなイメージがあり,実際に,当該指針でも「差別はしてはならない行為ですが」(37頁)などと,「差別」という言葉・表現自体を否定的に使用している。このように,「合理的な理由に基づく差別」と表現することは,「禁止される許されない差別」と「許される差別」という2つの「差別」の解釈を生じ,県民に誤解や混乱をもたらす可能性があるので,指針のいう「合理的な理由に基づく差別」という表現は,「合理的な取り扱い上の違い」(「憲法」芦部信喜著),「合理的な理由による区別」などの表現に改めるべきである。
2 合理的理由に基づく差別の具体例について
指針34頁には「⑴ 性別を限定した求人が認められる事例」として,「業務の遂行上,一方の性でなければならない職務等である場合」が挙げられているが,具体例が示されていない。ここは,該当・非該当双方の具体的職務を例示するなどにより,指針としての有用性を確保すべきであろう。注意すべきは,必ず一方の性でなければならない職務は,極めて限定的であるという点であり,安易に一方の性でなければならないとの判断がなされないような配慮が必要である。例えば,法律上,女子のみとされているものとして助産師があるが,妊婦が助産師の性別を指定できることを条件に男性に資格取得を認めてもよいという考え方も主張されている。)。
3 障害者への差別的取扱い・合理的配慮について
⑴ 指針34頁には,行政機関等の障害者への合理的な配慮(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律7条2項)に関し,「負担が過重」であるため合理的配慮が不要な例として,「膨大な分量の資料の全文読み上げを求められた」場合が挙げられている。しかしながら,相手にある事項を伝えるために膨大な量の根拠資料が必要であれば,その資料全部の提供が必要である。視覚障害者の場合には,その全文読み上げか,少なくとも点字(点字を読めない人もいるからその場合は読み上げ)の提供ということになるが,本件例示は,そのような必要がある場合ですら過重な負担として合理的な配慮を不要としてしまう点で不適切である。
⑵ また,同頁の「筆談で十分対応できる簡潔なやり取りに手話通訳者の派遣を求められた」という例については,聴覚障害者が手話通訳を求めることは正当な当然の求めであって,行政機関等が安易に過剰な負担と判断することがないように留意されるべきである。
⑶ 指針10頁には,「⑴ 飲食店における冷遇や入店の拒否等」「⑵ アパート等の契約の拒否」の具体例が挙げられている。これら入店拒否や契約拒否は,障害を理由とする差別的取扱い(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律7条1項)の具体例であるが,【判断に当たって配慮すべき点】における記載は合理的配慮の不提供(同法7条2項)の説明となっており,これは同法の解釈を誤ったものと言わざるを得ない。
4 犯罪等被害者に対する誹謗・中傷について
指針24頁には,「犯罪被害者等に対する誹謗中傷」の具体例として,「犯罪の被害を受け苦しんでいたところ,「イヤなことは忘れるのが一番」と言われ,さらに傷ついた。」という例が挙げられている。確かにこうした発言は,個々の犯罪被害者等のいわゆる二次被害につながりかねないものである。しかしながら,故意に当該犯罪被害者等を傷つけようとしてなされるというよりも,発言者本人において全くそのような意図なしに,本当に犯罪被害に遭う前の状態に戻ってもらいたいという思いから発せられることも多いと思われ,これは「誹謗」ないし「中傷」とは異なる。上記のとおり確かに二次被害のおそれがあり,犯罪被害者等にかける言葉としては適切ではないとの評価はありうるが,それは犯罪被害者等支援条例の運用指針等において啓発等につとめることが定められるべきものであって,「誹謗中傷」の具体例として取り上げることは適当ではない。
5 犯罪をした人等に対する誹謗・中傷について
指針25頁には,「犯罪をした人等に対する誹謗中傷」に関する【判断に当たって配慮すべき点】として,「犯罪をした人等は社会に対する引け目を抱きやすいことから,犯罪をすることや刑務所への入所に対するハードルが低い傾向にあります。」との記載がある。しかしながら,再犯率の高さを直ちに犯罪や服役へのハードルの低さに言い換えてよいものか。更生に向けて必死に努力している人もいるのに,このような記載をあえてするのはいかがなものか,かえって差別を助長するものではないか,との疑問がある。それ自体が差別的な表現とすらいえるもので,極めて不適切である。
第4 条例及び指針制定後の対応について
条例素案に示されている「差別等の禁止」は,その内容が抽象的・概括的に過ぎ,具体的な中身は40頁超に及ぶ指針を見なければ理解できない構成となっている。実際に制定される基本条例と指針も同様の構成だとすれば,県民の理解が進まず,その理想が根付かない原因となったり,具体的な条例,指針の運用にも混乱が生じかねない。したがって,条例及び指針の策定にあたっては,十分な時間をかけて丁寧に県民の意見の汲み上げ,議論を重ねるべきである。その意味では,パブリックコメントの期間も,年末年始をはさんだ1ヶ月というのは,極めて短い期間であった。
かかる経緯に鑑み,条例制定後においても,県民の間で充実した議論が重ねられるように配慮し,例えば「差別等の具体例と判断に当たって配慮すべき点」について適切な具体例が提案された場合には随時更新するなどの対応をとるべきである。
以上