秋田弁護士会

フッ化物集団洗口事業に関する意見書

2013年3月12日 公開

2013年3月12日

フッ化物集団洗口事業に関する意見書

秋田弁護士会       

会 長 近 江 直 人 

 

第1 調査の経緯と認定した事実経過    

1 フッ化物集団洗口事業の実施経過

 (1)秋田県の施策の経緯

秋田県は、厚生労働省「フッ素洗口ガイドライン」(平成15年1月)を契機として、「お口ブクブク大作戦」(平成16年度~18年度)を実施することとし、モデル事業として、幼稚園・保育所などの5才児を対象に、3年間で103施設、2145名の児童にフッ化物洗口を実施した。
 平成19年度からは、市町村事業として「市町村等フッ化物洗口推進事業」を実施し、市町村に対し、歯科衛生士の派遣及び事業費の一部補助をしている。また、平成21年7月から「フッ化物洗口等歯科保健訪問指導事業」により、歯科衛生士4名を配置している。

(「秋田県におけるフッ化物洗口事業の経緯と評価&むし歯資料集」平成23年3月)

   平成23年度(平成24年3月時点)での実施率等は、以下の通りである。

   ① 実施自治体は、25自治体中21自治体。

   ② 施設(幼稚園保育所、小学校、中学校)の実施率は49.9%。

   ③ 小学校では全学校数246校中、155校が実施し、実施学校率は63%、児童の参加率は91%。

   ④ 中学校、特別支援学校では144校中、51校が実施し、実施学校率は35.4%、生徒の参加率は86.3%。

 

 (2)秋田市の施策の経緯

① 秋田市教育委員会では、平成23年度から「秋田市立小学校フッ化物洗口事業」を実施している。同教育委員会によれば、同事業の実施経費(同年度の決算経費及び同24年度の予算)は、以下の通りである。

   平成23年度決算額    8,987,877円

    上記のうち、秋田県から 4,118,296円

         (交付金の内訳:秋田県市町村少子化対策包括交付金)

   平成24年度予算額    9,903,000円

    上記のうち、秋田県から 4,998,000円

         (交付金の内訳:秋田県市町村少子化対策包括交付金)

② 同事業は、秋田市立小学校の46校全て(特別支援学校は県立なので入っていない)で実施している。その実施に至る経緯は、以下の通りである。
 平成21年11月:市議会で採択後、小学校の校長会、養護部会と協議。
 平成22年5月:先進地視察で大仙市・横手市で実例を見る。

  平成22年7月下旬:全校長・養護教諭対象に歯科医師を講師として研

修会。実施について歯科衛生士の説明もあり。

  平成22年9月:地域を4ブロックに分けて地域説明会。北部・中央・

河辺・雄和。これまで情報提供できなかった学校関係

者と保護者に説明するように通知を出し、開催。

  平成22年10月:全保護者に事業のお知らせを渡し、リーフレットも

配付。

平成22年12月~23年2月:46校全てに行って保護者説明会。

歯科医師・歯科衛生士から、具体的やり方、有効性、安全性、慢性中毒・急性中毒の点も含めて説明。

平成23年3月:希望調査を保護者に行った。

③ 同事業の実施状況は、同教育委員会からの回答によれば、以下の通りである。

■平成23年度(全学年)

 

希望人数 / 在籍数

希望者率

備考

洗ロ開始前の希望調査

13,938 / 15,701

88.8%

全学年

実施月

実施人数 / 在籍数(前月比)

実施率

備考

平成23年 9月分

13,958 / 15,700( 20

88.9%

全学年

10月分

13,923 / 15,712-35

88.6%

全学年

11月分

13,904 / 15,703-19

88.5%

全学年

12月分

13,895 / 15,706( -9

88.5%

全学年

平成24年 1月分

13,869 / 15,692-26

88.4%

全学年

2月分

13,861 / 15,690( -8

88.3%

全学年

3月分

13,859 / 15,688( -2

88.3%

全学年

※平成23年9月分における(前月比)は、洗口開始前の希望調査との比較

 

 

 

■平成24年度(第2~第6学年)

 

希望人数 / 在籍数

希望者率

備考

洗ロ開始前の希望調査

11,246/ 13,013

86.4%

2~6年

実施月

実施人数/在籍数(前月比)

実施率

備考

平成24年 5月分

 11,260/ 13,01314

86.5%

2~6年

6月分

 11,266/ 13,023( 6

86.5%

2~6年

   第1学年は、9月から洗口を行うため、上記に含めない。

7月分

11,259/ 13,025-7

86.4%

2~6年

※平成24年5月分における(前月比)は、洗口開始前の希望調査との比較

 

 (3)秋田県歯科医師会の方針と事業概要   

秋田県歯科医師会は、平成16年4月に「フッ素洗口特別委員会」を設置し、広報活動、県民公開講座、研修会の開催等のほか、県内での事業説明会の講師派遣等を実施し、県内での集団フッ素洗口事業の推進を、秋田県とともに推進した。

 

2 秋田弁護士会の調査の経過

 秋田弁護士会では、調査担当のプロジェクトチームにより、以下の調査を行った。

2011年9月5日  秋田県健康推進課からのヒアリング 

10月26日 医師からのヒアリング

11月7日  養護教諭等からのヒアリング

11月8日  秋田市教育委員会からのヒアリング

12月16日 秋田県歯科医師会からのヒアリング

   2012年8月23日 秋田市教育委員会に照会

        9月10日 同委員会から回答

 

 3 日本弁護士連合会の意見書等

 (1)日本弁護士連合会は、2011年1月21日、「集団フッ素洗口・塗布の中止を求める意見書」をとりまとめ、厚生労働大臣等に提出した(以下、「日弁連意見書」という)。
 同意見書の趣旨は、以下の通りである(日弁連のまとめによる)。

「むし歯予防のために、保育所、幼稚園、小学校、中学校、特別支援学校等で実施されるフッ素洗口・塗布には、安全性、有効性、必要性・相当性、使用薬剤・安全管理、追跡調査、環境汚染に関して、さまざまな問題点が認められる。
 このような問題点を踏まえると、集団フッ素洗口・塗布の必要性・合理性には重大な疑問があるにもかかわらず、行政等の組織的な推進施策の下、学校等で集団的に実施されている。これによって、個々人の自由な意思決定が阻害され、安全性・有効性、必要性等に関する否定的見解も情報提供されず、プライバシーも保護されないなど、自己決定権、知る権利及びプライバシー権が侵害されており、日本における集団によるフッ素洗口・塗布に関する施策遂行には違法の疑いがある。
 よって、当連合会は、医薬品・化学物質に関する予防原則及び基本的人権の尊重の観点を踏まえ、厚生労働省、文部科学省、各地方自治体及び各学校等の長に対し、学校等で集団的に実施されているフッ素洗口・塗布を中止するよう求める。」

(2)日弁連意見書に対する日本口腔衛生学会解説

   上記の日弁連意見書に対して、日本口腔衛生学会、日本歯科医師会等が見解を公表し、同学会は、2011年(平成23年)11月、日弁連意見書に対する日本口腔衛生学会解説を公表した(以下、「口腔衛生学会解説」ないし「学会解説」という)。

 

第2 当会の検討結果

1 本件事業で指摘されてきた問題点について 

 (1) 安全性~急性中毒、過敏症状、歯のフッ素症の危険性等

① フッ素洗口剤のミラノールの主成分フッ化ナトリウムは、海外では今でも殺鼠剤、シロアリ駆除剤、木材の防腐剤として使われている劇薬とされており、フッ素洗口を推進する立場の論者は、同副作用の内人体に有害と解される副作用は、同成分を一定の程度まで希釈することにより防止あるいは、無視できる程度にまで減少できるとしている。

② 一方、フッ素洗口では、年齢が低いほど誤飲、飲み込み量が多く、それにより、急性中毒、歯フッ素症、骨フッ素症、全身への作用等の慢性中毒症状を招く危険性があるとする指摘がある。

③ CDCの全米健康栄養検討調査の報告によれば、水道水フッ素化を実施している米国の12~15歳の40.6%、16~19歳の36.3%が軽度から重度の斑状歯に罹患しているとされ、フッ素洗口の場合でも、程度は一定程度減少するにしても、同様の副作用が生じる可能性は否定し得ないとする指摘がある。

④ 米国学術会議の研究評議会の報告によると(Fluoride in Drinking Water:A Scientific Review of EPA's Standards)、4.0ppm前後のフッ素化飲料水を過剰に摂取することで様々な有害作用を引きおこすとの指摘がある

 (2)有効性~フッ素配合歯磨き剤の普及による併用効果

① 日本口腔衛生学会と所属委員会が出版する「フッ化物応用と健康~う蝕予防効果と安全性~」及びマニュアルにおいて、フッ化物洗口の有効性を報告した多数の文献が引用されているところ、これらは、フッ化物洗口について世界中の論文を集めてその科学的信憑性と有効性の程度を検討したコクランのシステマティック・レビュー(2004)には1編も採用されておらず、国際的承認を得て確立した有力説とは言いがたい、との指摘がある。

② 上記コクランのシステマティック・レビュー(2004)によれば、「歯磨き(フッ化物添加)をして、さらにフッ化物洗口をした場合の、フッ化物洗口の付加的むし歯予防効果は7%で、効果に統計的有意差はない」と指摘されている。

③ 平成20年学校保健統計調査のうち、12歳児の1人平均むし歯本数(都道府県別)によれば、各県の洗口実施率と1人当たりむし歯数には相関性がみられるとは必ずしも言えないという指摘がある。例えば、フッ化物洗口を32.9%(全国2位)実施している新潟県のむし歯平均0.8本であるのに対し、フッ化物洗口を殆ど行っていない広島県(実施率0.6%,むし歯平均1.1本)、埼玉県(実施率1.0%、むし歯平均1.3本)、東京都(実施率0.0%、むし歯平均1.4本)である。

 (3)必要性・相当性~むし歯減少、「集団的」に行う必要性

     ① 近年、子どものむし歯は一貫して減少している。即ち、子ども1人当たりの平均むし歯数は全国的に順調に減少傾向にあり、昭和50年ころに12歳児で1人5~6本であったのをピークに、平成21年度は全国平均で1.4本に減少している(学校保健統計)

   ② このように、むし歯が、フッ素洗口を実施しなくても、その他の諸要因によって減少傾向にあるとも言える。一方、むし歯は、それ自体致死的な結果等をもたらす重大疾患とまでは言えず、かつ伝染性の疾患でもない。そのため、安全性や有用性について異なる意見が有力に存在する状況で、学校という同調圧力の高い現場で一斉フッ素洗口を実施するだけの必要性・合理性が認められるのかという指摘もある。

 (4)保護者に対するインフォームドコンセント

     現状で各学校に配布されている実施マニュアルは、フッ素の安全性、有効性のみが強調され、有害作用の説明が皆無に等しく、親権者(ないし子ども)に適切かつ公平な情報が提供されておらず、インフォームドコンセントの前提を欠いているのではないか、また、そのような状況でなされた保護者らの希望の表明や同意には、瑕疵が存在するのではないか、という指摘もある。

(5)日弁連意見書に対する「口腔衛生学会解説」の記述について

  ① 憲法に規定されている人権保障の意味

     人権侵害の可能性や、有無を検討するにあたっては、前提として憲法の規定の理解が必要不可欠である。憲法11条には「基本的人権の尊重は侵すことのできない永久の権利」と規定され、人権は原則として公権力には侵されないとされている。また、憲法13条では、「公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする」と規定され、原則として、人権の制限は、必要最小限度で認められるとされている。

   ② 公衆衛生政策における基本的人権の尊重について

     「口腔衛生学会解説」は、この人権保障の原則について、正しく理解していないように見える。
 例えば、日弁連意見書が「公衆衛生政策における基本的人権の尊重」の項(同意見書6〜7頁)において、「公衆衛生政策による人権侵害を防止するためには、自己決定権等の保障は不可欠で、『公共の福祉』を理由にして、個人(特に少数者)の人権保障を軽視することは決して許されない」と述べている点に対し、同学会解説は、「個人の主張を超えた社会の『取り決め』が必須であることを共通に認識しなければならない」と記述している(「学会解説」11頁)。これは、公衆衛生の必要性さえ認められれば、人権の制約が当然に可能ともとれる意見である。
 しかし、日弁連意見書が述べるとおり、憲法13条に規定される基本的人権の制約原理である「公共の福祉」を理由にして、個人の人権保障を軽視することはできない。「公共の福祉」によってどこまで人権が制約できるか、その「公共の福祉」の具体的内容と、人権の種類や性質に従って確定すべきであるという解釈に今日争いはない。
 本件で問題となっている「フッ素洗口」においては、「自己決定権」という権利の侵害が問題となる。この自己決定権の制約が許されるかは、自己決定権の性質、制限の目的、手段、程度を十分に検討する必要がある。
 自己決定権は、人格形成に関する権利である点で広い意味での人格権に含まれる重要な権利である。
 一方、フッ素洗口が問題になる場面では、むし歯の減少を目的とするものであり、健康を考える上で重要度が低いとはいえないが、直ちに生命に影響を及ぼすものとも言えない。さらに公衆衛生政策においては、必然的に少数者の人権侵害が行われる危険性を孕んでいるから、特に自己決定権の保障が重要とされている。
 したがって、人権が保障されているか(人権が侵害されていないか)を判断するに当たっては、上記のとおり、その人権の内容等と、「公共の福祉」の内容等を十分に精査する必要があるのであって、「学会解説」のように、公衆衛生の必要から当然に個人の人権が制約されるかのように考えることはできない。
 そこで、当会も、上記の憲法の原則にしたがって、以下の通り、人権侵害の有無等について、検討、判断する。

 

2 人権侵害の有無について

(1)自己決定権について

    日本国憲法の下、個人は、自己の生き方や健康に関する事柄について、主体的・自律的に決定する権利(自己決定権)が保障される。
 自己決定権では①個人の選択の自由に対する他者からの干渉圧迫等(事実上の強制)の排除、及び②医療行為の方法、必要性、効果、危険性、代替的治療法と利害得失、予後などにつき、わかりやすい十分な説明を受け、それを理解したうえで、自主的に選択・同意・拒否できるというインフォームド・コンセントの保障が重要である。
 未成年者の場合、親権者が医療に関する意思決定権を行使するが、未成年者も個人として尊重される以上、その能力が許す限り、未成年者にも自己決定権の保障が及び、その結果、幼児及び小児に対しても、上記説明及び同意又は賛意(インフォームド・アセント)の機会が保障される。

(2) 自己決定権侵害①(事実上の強制)について

① 調査によれば、秋田市の各学校では、年度毎の事業実施に先立ち、個別の保護者全員に対し書面による希望調査が行われ、同調査書の提出後でも、希望への変更および希望の取消しが可能とされている。
 また、平成24年7月分の在籍児童数に対する洗口実施人数は86.4%であり、洗口を行う児童が多数派であるが、洗口を行わない児童も13.6%存在している。
 さらに、洗口を行わない児童には、他の児童が洗口を行う時間には、読書や水うがいなどの代替的行為を認めるなどの心理的圧迫を少なくさせる配慮も見受けられた。
 したがって、事実上の強制・不利益・差別等は、直ちには認めることができなかった。

② ただし、以下のとおり、事実上の強制の要因となり得る事情が存在するといえることから、今後も留意が必要である。

ア 一般的に、集団生活の場としての学校では、同じ行動や考えが望ましいという心理が作用しやすく、それに合わない者に対し集団的圧力が掛けられるおそれが高い。

イ 秋田市では、事業を推進する立場の教育委員会が事業主体であり、各学校長には実施の有無につき裁量がないため、反対意見を持つ現場関係者が存在する場合に、統制的な指導が行われやすい状況にあるといえる。

ウ さらに、秋田県内におけるフッ化物集団洗口事業の実施の背景には、平均むし歯本数の全国ワースト順位からの脱出という行政上の達成目標や事業推進の利益があり、国の厚生労働省が作成し推進するガイドラインやマニュアル等に従おうという意識も垣間見られる。
 したがって、このようや行政上の目標や利益、意識が優先される結果、個人の意思決定に対する不当な圧迫や干渉等が生じかねないといえる。

 

(3)自己決定権侵害②(インフォームド・コンセント)について

① インフォームド・コンセントの具体的内容について

     インフォームド・コンセントの本質が自律性の保障であることに鑑みれば、説明義務の範囲は、医療者が合理的と判断する情報だけでは足りず、医療を受ける者の価値観・生き方を踏まえた自己決定のために必要な情報も含まれる。
 情報提供の内容、程度、方法については、生命身体の危険にさらされているなどの緊急事態にあれば、客観的情報と客観的諸利益に基いた医療機関による総合的判断に従って医療行為を行うことは可能である。しかし、フッ素洗口・塗布はあくまでも予防措置で緊急性がないにもかかわらず、医薬品を処方するものである。したがって、個々人の自由な意思決定のため、十分な時間をかけ、懇切丁寧に具体的な説明を行い、熟慮する機会を保障しなければならない。
 フッ素利用は、医薬品・化学物質の摂取に対する個人の考え方、むし歯や歯のフッ素症・全身影響に対するリスク意識など、各保護者及び子どもそれぞれの価値観、感性・理性に関わる問題であり、専門家による一方的な恩恵的判断に依拠すべき問題ではない。
 フッ素利用は、歯のフッ素症や全身影響の懸念が指摘され、その有効性・安全性・必要性等について否定的意見自体が存在することは事実である。この否定的見解について歯科医師会が虚偽であるとの評価をしていることも認められる。
 このような状況下においても、個人の人格的自律を最大限尊重するため、有効性・安全性・必要性等について否定的意見自体が存在することを明らかにし、むし歯予防のための選択肢について熟慮できるよう、フッ素利用の安全性・有効性・必要性等に関する説明をしなければならない。
 なお、上記「解説」では、日弁連意見書に対する反論として、以下の通り主張されている。
「科学的根拠が低い『否定的見解』を情報提供と称して流布することは、フッ化物洗口・フッ化物歯面塗布による健康を指向する人々に対して、意図的に不利益を被らせることになる可能性がある。(同解説4頁)
「フッ化物利用への消極論が『嘘偽り』によるものでない限り存在を周知させることに反対ではないが、『嘘偽り』による情報は、真の自由な選択を奪うことになると言える。」(同解説7頁)

「情報提供にあたり、人々に誤った『反対意見』情報を提供することは許し難い。」(同解説7頁)

 しかし、自己の生き方や健康に関する事柄について、主体的・自律的に決定するためには、医療行為の方法、必要性、効果、危険性、代替的治療法と利害得失、予後などの情報を自由に得ることができなければならない。

 上記「解説」のように否定的見解の情報提供を制限することは、決定に必要な情報か否かの判断を事前に行政がおこなうこととなる。これは、制限された情報により個人の決定を誘導することになり、主体的・自立的に決定がなされたとは到底いえず許されない。

② フッ素洗口での説明実態

    秋田市内では、市民向けの説明会に加えて、各学校において保護者向けの説明会が行われ、広く市民への説明を行おうとする配慮は認められる。しかし、前述のインフォームドコンセントの具体的内容に鑑みれば、個々人の自由な意思決定のための十分な情報提供がなされ、熟慮する機会が提供されているとはいえない。

ア 学校での説明会

    秋田市内の児童数が13,079人であるのに対して、学校での説明会に出席した保護者は合計661人であり、複数の子どもがいる世帯があることを考えても出席率は1割に満たない。各説明会の内容については、秋田市からの資料提供がないため、吟味することができず、説明会に出席した世帯について十分の情報提供がなされたかの判断をすることはできない。

イ 説明会へ出席していない者への情報提供の程度

    上記のとおり、説明会への出席者が児童保護者の1割に満たないことから、秋田市内の児童保護者のうち9割超が、学校からの情報提供として配付資料に基づいて意思決定をしていると考えられる。配付資料の内容を確認すると、フッ化物洗口の有効性、安全性の記載のみで、反対意見の存在の記載がない。学校が提供した情報から保護者は反対意見についての情報に接する機会が提供されておらず、自己決定のための十分な情報提供がなされているとはいえない。

  ウ 子ども本人への情報提供、同意のとりつけ

    秋田市の実施マニュアルからは、子ども本人に対して、説明をし同意

又は賛意を得る機会が保障されておらず、実際にもなされたとする情報

提供がない。同意書の形式をみても、子ども本人からの同意又は賛意を

とりつける態様にはなっていない。  

 

3 結 論

(1)以上の調査・検討の結果、当会は、以下の通り判断する。

(2)本件事業の問題点としてあげられる、フッ素使用の安全性、有効性、必要性については、当会として、その有無について確定的な判断はできないが、少なくとも、安全性、有効性、必要性について、否定的な意見があることは認められ、これを全く無視して事業を実施することは、実際に参加の可否を判断する保護者及び児童の自己決定権を侵害する可能性があり、その点での検討が不可欠である。

(3)本件事業の実施に当たり、一定程度の不参加者があり、不参加児童にもそれなりの配慮がされていることが認められることなどから、保護者、児童らに、同事業の実施が事実上強制されていたとまでは認められなかった。
 但し、同事業を実施する側には、集団的に多数の児童が参加することが望ましいという意向が強いことから、今後、不参加児童、保護者に事実上参加を強制させるような事態が生じないよう、十分な配慮が必要である。

(4)その一方で、事前の説明会への参加者が極めて少なかったこと、説明会に出席しない保護者らが参加の可否を判断する唯一の判断材料とされる配付資料には本件事業への否定的意見の存在が記載されていないことから、同配付資料をもって事業への参加の可否の判断を求めたことは、保護者及び児童の自己決定権に十分配慮していたとは言い難い。

(5)したがって、秋田市の同事業の実施に当たっては、保護者及び児童の自己決定権を侵害した疑いがある。
 よって、今後同事業を進めるに当たっては、同事業に関する十分な情報を保護者及び児童に提供し、保護者及び児童が、その自己決定権を十分に行使した上での同意及び賛意を得るようにする必要がある。

(6)秋田市以外の事業実施については、当会の調査をとげることができなかったので、秋田市の事業と同様の指摘を行うことはできなかったが、秋田市と同様に、児童、保護者に対して、十分な情報を提供して保護者および児童の自己決定権を保障していたかについては懸念も窺える。
 したがって、県内市町村での事業実施を援助している秋田県においては、各市町村での事業実施に当たって、上記同様、同事業に関する十分な情報を保護者及び児童に提供し、保護者及び児童が、その自己決定権を十分に行使した上での同意及び賛意を得るよう、指導すべきである。

 

 


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