秋田弁護士会

住民基本台帳ネットワークシステムの稼働の延期を求める会長声明

2002年7月23日 公開
1. 1999年(平成11年)8月、住民基本台帳法が改正され、新しく住民基本台帳ネットワークシステム(以下「住基ネット」という。)が全国3300の市町村(特別区を含む。以下同様)で採用されることになり、今年8月から施行されることになった。
 住基ネットは、市町村に住民登録している国民全員に11桁の住民票コードをつけ、行政事務手続において本人確認手段として機能させようとするものである。コンピュータによる情報管理が進んでいる行政実務において、住民票コードは本人確認を必要とする行政事務の効率化に著しく寄与するものと期待されている。電子政府化を進めている中央省庁の期待は特に大きい。

2. しかし、他方、この制度には人権、セキュリティ、コスト、地方分権などに関して多くの疑問がある。住基ネットによるとあらゆる行政分野で特定の個人は特定の番号で情報が管理されることになるので、行政機関にとって特定の個人の情報を集中することが従来に比べて極めて容易になり、法律上も行政個人情報保護法案が行政機関同士での個人情報の相互提供を広く認めていることから、行政機関が個人を総合的に監視することが可能になってしまう。番号を変更しても従来の番号と照合する仕組みになっているので、過去の情報を生涯管理され続けることになる。のみならず、コンピュータ管理されることで次世代、次々世代までも個人情報が管理され続けることになる。このような個人情報の管理は人間の尊厳(憲法13条)を侵すものである。

 住基ネットのセキュリティが極めて脆弱であることは、住基ネットの実態を知るコンピュータ専門家が異口同音に指摘することである。すなわち、コンピュータは情報の流通においては極めて便利であるが、情報管理については現時点ではまだ極めて不十分なレベルにあり、日本は世界的レベルからみるとかなり低いところにあるから、容易にハッカーに侵入される。3300の市町村が高度に同一レベルのコンピュータ管理を形成し維持し続けることは不可能であり、日常的にハッカーに侵入されることになり、ときには悪質な情報の書換えなどで大事件が起こるだろう。

 これらに的確に対処するためには常に新たなセキュリティにコストを掛けなければならなくなるが、現在の国及び全ての市町村にとって際限のないセキュリティに費用をかけ続けるだけの財政的な余力があるのかという点も疑問である。
 日弁連が昨年11月から12月にかけて実施した全国市町村アンケートの結果によれば、プライバシー侵害に関する危惧を抱いている市町村が少なくなかった。セキュリティを高めるための経費が高額になることに不安を抱いている市町村も多かった。各市町村が独自の判断で住基ネットに入るか否かを選択しているのであれば、問題が起こったときにその自治体の責任において対応するということでよいが、住民基本台帳法は市町村の独自の判断による加入非加入の自由を認めていない。これは地方自治の本旨(憲法93条)を侵害する可能性がある。

3. コンピュータネットワークシステムは世界中が強い関心を抱く魅力的な仕組みである。しかしバラ色の側面だけに目を奪われると取り返しのつかない重大な問題を引き起こしかねない。だからこそ他国では技術的に可能であっても未だ日本の住基ネットと同じ制度を採用していないのである。日本がここで拙速に「電子政府」の夢に向かって爆走すべき理由はない。人権、セキュリティ、コスト、地方自治などについて多分野の専門家が継続的多面的に検討しながら、堅実な電子政府を構築して行くべきである。
 今年8月からの住基ネットの施行を延期するとともに、新たな電子政府、電子自治体の構想づくりとその構想に基づく仕組みが検討されるべきである。

平成14年7月23日
 秋田弁護士会
   会長 柴 田 一 宏

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